梨穂・佳奈

佳奈の行方 - 1


 今日は玲子さんが学校に来る日です。玲子さんに会いたい気持ちでいっぱいの梨穂ちゃんですが、なかなか保健室に行くチャンスがありません。
 水泳部では来週からのタイム計測のために選手一人一人が自主トレーニングで調整に入っています。今日は試しに佳奈ちゃんのクロール400mのタイムを採りました。この水泳部の中では断然の速さです。でも、去年の記録を更新できなくて、佳奈ちゃんはがっかりしていました。
 練習が終わって、佳奈ちゃんたちが着替えている間に、梨穂ちゃんは保健室に行ってみました。すると、ちょうど玲子さんがカバンを持って出てくる所でした。
「こんにちわ、玲子さん。」
「あら梨穂ちゃん、こないだのケガはどう?」
「もうツルツルになおっちゃいましたぁ!ありがとうございます。玲子さんも帰るんですか?」
「えぇ、一緒に帰りましょう。」
「じゃ、校門まで...」
二人は並んで校舎の廊下を歩きます。
「...あのね、聞こうと思ってたんだけど、梨穂ちゃん、これまでにお父さまからお薬もらってなかったかしら?」
「あ、はい。体調を維持するために飲みなさい、ってだいぶたくさん...実はもう切れてしまって、この1週間ぐらい飲んでいないんです。」
「飲んでいないと何か調子が変わるの?」
「うーん、たまに熱が出たり、お腹が張ったような感じがしたり...ちょっといらいらして気分が悪くなることも...いまもちょっと熱っぽいです...」
でも、その熱っぽい原因が玲子さんの色香にあてられたせいだとは言えません。
「お話はお父さまから聞いたことがあるわ。止めてると気分が悪いようなら、今度からはわたしのところで代わりのお薬出すから、取りにいらっしゃい。」
おもいがけず、また玲子さんと会う機会ができそうで、梨穂ちゃんはちょっと期待に胸が膨らみます。
 校門まで来て、二人はさようならしました。梨穂ちゃんは部室の方へ戻ろうと思いましたが、そこにちょうど佳奈ちゃんが手を振りながらやってきました。
「もう片づけちゃったよ〜」
「ごめんなさーい。いま玲子先生とお話してたら...遅くなっちゃって。」
「いいよいいよ...でも...ぐすん。ショック。2年になってから一度もタイムが...」
「だめ! あんまり思いつめちゃ。そういう時もあるって。元気出して!」
「...みんな記録延ばしてるのに...あたし、なんか力が出し切れない感じで、ヘンなんだよね...」
「だーかーら、うつむいてるなんて似合わないよ、佳奈ちゃん!」
梨穂ちゃんは佳奈ちゃんのセーラー服の裾から手を突っ込んで、背筋を軽くなぞりました。
「きゃーっ!だめそこ!!やめてーっ!」
「えへへへ佳奈ちゃん感じやす〜い」
「やだーっ、知っててやらないでよっ!あーんっ!」
「ほら、元気元気。このまま走って帰ろ!」
二人はじゃれあいながら寮へ帰っていきました。水泳部は来週から計測本番です。大会出場選手がこれで決まるのです。

[水着姿の佳奈] by YuAoki
 火曜日、放課後のプール。
 佳奈ちゃんはすごく緊張していました。どうしても記録を更新したい。でも、最近は得意のクロールでもいまひとつ記録が出ません。今日もなんとなく腕が重く感じられて、いいコンディションではないようです。
 この日は100mクロールを計測しました。先に1年生からタイムを取っていきます。いきなり、特待生の一人が自己新でトップに立ちました。このプールでの最高記録は去年、1年生だった佳奈ちゃんが作った記録ですが、それに迫るタイムが出てしまいました。
 1年生全員の計測が終わった後、2年のトップ二人が並んで位置に付きました。
(佳奈ちゃん、がんばって!!)
梨穂ちゃんは心の中でそう叫びました。スターターの音が響いて、二人は獲物に飛びつく豹のように水面へ飛び込む...はずでしたが、一瞬佳奈ちゃんの反応は遅れて、スピード感のないスタートになってしまいました。それが響いたようです。水面に二人の体が浮かび上がったときには既に体半分ほどの差が付いてしまいました。佳奈ちゃんは懸命に追いましたがついに差を埋めることはできませんでした。
 二人のゴールはほんのわずかの差でしたが、その時プールにいた選手たち全員に驚きが広がりました。この水泳部で佳奈ちゃんがクロールで負けたことは今まで一度もなかったのです。並んで泳いだ2年生部員も、自分が勝ってしまったなんて信じられない、という表情でいます。その驚きは、タイムを先生が読み上げたとき、さらに強くなりました。二人のタイムはさっき自己新を出した1年生のタイムを下回っていたのです。
 佳奈ちゃんはしばらく水から上がることが出来ず、呆然としていました。
(得意のクロールで3位...自己新どころか...1年生にまで負けて...どうして...)
やっとプールサイドに上がった佳奈ちゃんに梨穂ちゃんはかけよって、言葉をかけました。
「お疲れさま。がんばったよね!後半の伸び、すごかったよ。」
でも、佳奈ちゃんは何も返事が出来なくて、ただ首を振ってプールサイドに座り込みました。
計測は続いて、とうとう3年生部員が自己新を出して、佳奈ちゃんのベストタイムは破られました。タイムが読み上げられるのを聞きながら、佳奈ちゃんは顔を伏せました。
(完敗だ...)
この時、佳奈ちゃんは100m自由形の代表になる可能性を失いました。
予想外の結果となった計測が終わった後、部員たちはめいめいに引き上げていきました。しばらくプールサイドに座り込んでいた佳奈ちゃんも、梨穂ちゃんに促されて腰を上げ、更衣室へ引き上げようとしました。そこをコーチに呼び止められました。
「佳奈ちゃん、いったい今日はどうしたの?あなたらしくないわ。」
「...すみません。力を出し切れませんでした。残念です。」
「あなた、最近ヘンよ。何かあったの?」
「別に...自分ではちゃんと練習しているつもりなんですけど...」
「でもね、最近の筋力トレーニングみていてもウェイトかけてないみたいだし、それに...」
コーチは佳奈ちゃんの腕や肩に触れて手応えを確かめています
「...腕の筋肉が落ちてるんじゃない?肩も痩せて頼りないわねぇ。さっきのスタートを見る限り反応も冴えないみたいだし。」
「...」
「それに...きっと体重増えてるでしょう。皮下脂肪が余分についてるみたいよ。食事も玲子先生が考えてくださってちゃんと計算されてるはずなのに、どうして最近そんなふうなの? 胸も急に大きくなったようね。」
それは佳奈ちゃんも気にしていました。春頃から急に胸が大きくなり始めたのです。とくにこの2週間ぐらいはオッパイ全体が張った感じで、乳輪や乳首が突き出して水着の上から形がくっきり分かってしまい、恥ずかしいと思っていました。
「少し重くなりました...なんだか胸も張った感じで...でも、どうしてだか...」
コーチは一度ため息を吐くと、いっきにまくしたてました。
「佳奈ちゃん、もう少し自覚を持ってよね。あなたは特待生で、強化選手にも選ばれて、みんなの期待を受けているのよ。ちゃんと自己管理を心がけなさい。どうしてだか、なんてたるんだこと言ったら怒るわよ。きっと間食したりしてるんでしょ?そうでなきゃあのメニューで太るわけないわ。」
大声を出しているうちにコーチはますます興奮してしまったようで、やぶれかぶれの文句を付け始めました。
「それにその胸。どうしてそんなにダブダブと膨らませておくわけ?いくら水着で工夫したって、邪魔な肉を胸に付けてるだけで凄い負荷になることは分かってるでしょ。そんなオンナっぽい格好で、胸やお尻ふって歩いたら男の子にモテるかも知れないけど、あなた色気づくのはまだ早すぎるわよ。あなたは選手なのよ。競泳選手にとっては大きな胸なんてお荷物でしかないわ。ちゃんと引き締めるように努力しなさい!なにも努力せずにそのままほっておくならあなたの選手登録を取り消すわ!」
「先生!」
コーチのあまりの言葉に、梨穂ちゃんが口を挟みました。

[涙を流す佳奈・コーチに抗議する梨穂] by YuAoki

「佳奈ちゃんが可哀想です、そんな言い方しちゃ!佳奈ちゃん、すごく時間をかけてトレーニングしてるんですよ。それに、わたしクラスでも寮でも一緒だけど、佳奈ちゃんがオヤツ食べてるところなんて見たことありません!とにかく佳奈ちゃん誰よりも努力してます!そんな言い方しないであげてください!」
その間もずっと佳奈ちゃんはうつむいて聞いていましたが、とうとう我慢できなくて涙を流してしまいました。しゃくりあげながら佳奈ちゃんはコーチに謝ります。
「...すみません、もっと体重絞るように努力しますから...ちゃんと記録だしますから...これまでどおり泳がせてください...お願いします...」
「...ごめん、ちょっと言い過ぎたわ...確かにこれまでの記録なら、400mや800m自由形はあなた以外にいないわ。どんなに泳いでもバテないあなたの持久力はきっと全国でも屈指だと思う。だけどね、あなたへの期待はそれだけではないの。去年の記録から伸びていけば、あなたはきっと日本のトップスイマーになれるわ。それほど周囲が期待してるの。とにかく速くて粘り強い選手として。わたしもあなたにほんとうに期待してるのよ。そのことは分かってね。」
「...ありがとうございます。がんばります。どうかこれからもご指導お願いします。」
佳奈ちゃんはボロボロこぼれる涙をぬぐいながら何度も頭を下げました。コーチは言うことを言ってしまうと、くるりと背を向けて出て行きました。

昨日とはうってかわって、寮への帰り道は静かでした。なんとか梨穂ちゃんは佳奈ちゃんを笑わせようとしていろいろ話題を振るのですが、気のない返事をするだけの佳奈ちゃんにはまったく通じません。
寮に着いてもその様子は変わりませんでした。いつもは一緒に食堂に行くのに、梨穂ちゃんが誘っても佳奈ちゃんは
「いま食べたくない」
とだけ言って、ベッドの上で壁に向いて座り込んでしまいました。
「...ねぇ、元気出してよ...お願い...」
梨穂ちゃんはそっと肩に手を添えてもう一度話しかけましたが、佳奈ちゃんは
「...ごめん...ちょっと一人にして。」
と言うと、壁に向いたままヘッドフォンをかけてCDプレーヤーのスイッチを入れました。梨穂ちゃんはあまりしつこくしないほうがよさそうだと思いました。
「じゃ、わたし食事してくるからね。」
返事はありません。梨穂ちゃんは一人食堂へ行きました。

食堂にはもう生徒は誰もいませんでした。
「あれぇ、遅かったねー。もう片づけようと思ったよ。ん?ひとりなの?」
食堂のおばさんが梨穂ちゃんに声をかけます。
「うん、佳奈ちゃん食べたくないって部屋にいるの。」
「どうしたの、具合悪いの?」
「うぅん、そうじゃないと思うけど...」
「そう、じゃぁね、食べおわったら佳奈ちゃんの分、部屋まで持っていってあげてくれない?」
「あ、はい。分かりましたぁ。」
梨穂ちゃんは急いで自分の分を食べてしまうと、おばさんがあっため直してくれた佳奈ちゃんの分の食事をお盆に載せて、階段を上がっていきました。

「おっとと...」
お盆を支えたまま部屋のドアを開けながら、梨穂ちゃんは佳奈ちゃんに声をかけようとしました。
「かーなちゃーん、ご飯...」
そこで梨穂ちゃんは言葉を止めました。下着姿の佳奈ちゃんがベッドで壁向きに寝ていたからです。ヘッドフォンからはまだ音楽が漏れてきています。
(寝ちゃったのか...疲れたんだよね...じゃ、このままにしておいてあげよっと...)
そう思って梨穂ちゃんは音を立てないように机にお盆を載せようとしました。その時、
「...はぁぁっ...」
はっきりと吐息が聞こえました。
(えぇっ?)
梨穂ちゃんはゆっくり振り返ってベッドに横たわった佳奈ちゃんを見ました。
(...眠ってるんじゃない...右腕が規則正しく動いて...衣擦れの音が...そして甘い吐息...あやーっ、佳奈ちゃんオナニーしてるの!?)

[オナニーに夢中の佳奈と、それに気づいて立ちすくむ梨穂] by JAGI

さっき梨穂ちゃんがドアを開けた音も、声も、ヘッドフォンの音のせいで気づかなかったんでしょう。
(...うわー、こ、これは...見なかったことにしなきゃ...気づかれないうちに部屋を出て...)
と梨穂ちゃんは考えました。しかしこうなると緊張してなかなかうまく動けません。ちょっと床がきしんでも佳奈ちゃんが気づくのではと神経が尖ります。
その間にも佳奈ちゃんの息遣いはいっそう荒くなり、身体をまさぐる手の動きはますます大胆になってきました。もうイきそうな様子です。
(あっあっ、ちょっと、ちょっと待って!)
梨穂ちゃんがそう思って壁づたいにドアの方へ移動し始めたとき、
「...あ、あっ!...はぁぁ...ぁ...」
と押し殺した声を漏らして、佳奈ちゃんはのけぞりながらベッドの真ん中の方へ寝返りを打ちました。

 そこで二人はお互いの顔を見合わせてしまいました。一瞬そのまま凍り付いた二人ですが、すぐに佳奈ちゃんはあわてて起き上がって、乱れた下着を直しながらしどろもどろの口調で何か言い訳しようとします。
「あのね、あたし、こんなところ、べつに、あたしヘンなことしてたんじゃなくて、でも梨穂ちゃんが見てるなんて、ううん、ちょっとあたしおかしいのかな、でも、でも...うわーん!、あたしどうしよう!恥ずかしいよーっ!!いやーっ!!」
「ごめん、ごめんね、佳奈ちゃん、覗くつもりじゃなかったんだけど、あの、邪魔しないようにと思って。あ、あのねわたしこれからお風呂行くから、どうぞそのまま気がねしないで続けてていいよ...あーん違う、わたしいったい何言ってるの? あ、そうそう、晩ご飯そこに持ってきたからね、食べてね。まだ暖かいよ。食べたら気分も良くなるよ、きっと。明日もあるからさ、元気出してね。ファイトーぉ!」
梨穂ちゃんまで混乱してもっと訳の分からない言葉を並べているうちに、佳奈ちゃんはこちらに向き直って、潤んだ目で梨穂ちゃんを見つめながら言いました。
「...ありがと、梨穂ちゃん。帰り道はごめんね、あんなに気を使ってくれたのに。」
「うぅん、そんな...佳奈ちゃんに元気になってもらいたいから...」
「ご飯食べるよ。持ってきてくれてありがとう。ね、一緒にお茶飲まない?」
「...うん...」
そして二人は机の前に並んで座りました。
「はい。ウェットティッシュあるよ。」
「...ありがと...」
また顔を赤くしながら佳奈ちゃんは手を拭いて、ご飯を食べ始めます。そして、ぽつりと言いました。
「あたしどうして水泳部なんか入っちゃったんだろう...」
「へ? 佳奈ちゃん、泳ぐの好きなんでしょ?」
「うん、好き。」
佳奈ちゃんはお茶をぐいっと飲むと梨穂ちゃんを見据えました。
「本当に好きだよ。いつまでも泳いでいたい。泳いでいられれば幸せ...だった。」
「だった?」
「そう、だった。...でも今は、なんのために泳いでるのか分かんない。」
「うーん...」
「ここに来て、先生やコーチに教えられてすごくテクニックは上がったと思う。でも、好きなように楽しんで泳いでるわけにはいかないから...勝ち負けなんてどうでもいいのに...速くなるのは楽しいけど、勝つのが楽しいなんて思えない...でも勝て、ってみんなから言われるし。」
「佳奈ちゃんが楽しんで泳げばいいのにね。」
「ウフフ。そうできるといいなぁ...」
サラダの最後のひとかけをさくさくと食べると、佳奈ちゃんはため息をついて天井を見上げました。しばらく部屋はしんとしました。また佳奈ちゃんの目から大粒の涙がこぼれました。涙をぬぐいながら佳奈ちゃんは梨穂ちゃんにしがみつきました。
「コワイよ...あたし泳げなくなったらここにいる意味ないもん...コーチだって、水泳部のみんなだって、泳いでるあたししか知らないもん...泳げないあたしなんてきっと誰も相手にしてくれないよ...」
「どうして?佳奈ちゃん泳げるじゃない。コーチだって佳奈ちゃんの実力認めてるよ?」
「もうだめなの...わかってるの。コーチの言うとおりだって...最近どんどん筋力落ちてるし、胸やお尻に肉が付いちゃってバランス悪くなるばかりだし...前はあんなにピンピン感じてた、水に切り込んでくみたいなスピード感がぜんぜんなくなっちゃった...それに...」
一度佳奈ちゃんはちょっと言葉を切って、なにか飲み込むようなしぐさをすると、小さな震える声で話し始めました。
「...最近、泳いでると、ヘンな気持ちになっちゃうことがあって...なんだか、芯から燃えてくるみたいな...身体がすごく熱くって...あの...おっぱいとか...あそこ...とか....ピリピリして...だんだん力が抜けてきて...すごくヘンなの...さっきもそう、寝転がってたら肌がそわそわしてきて...こんなんじゃ泳げないよ...もう終わり...」
梨穂ちゃんは何も言えなくなってしまいました。
「きっと、あたし明日もタイム出ないよ。そしてきっとコーチからクビだ、って言われるの...もうなんの取り柄もないあたしなんか...」
「ね、そんなこと言わないで。梨穂は、佳奈ちゃんっていう一人の女の子のこと、よく知ってるよ。それに、大好きだよ。それからね、佳奈ちゃん今はちょっと元気がないけど、ぜったいくじけないって信じてるよ。」
「...梨穂ちゃん...」

佳奈ちゃんは梨穂ちゃんの胸に抱かれたまま涙を流し続けました。

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